あなたは「ドケルバン病」をご存知でしょうか?
手や親指を動かすと、手首の親指側に痛みや腫れが出る状態のことです。
これは20~50歳代の女性に多く見られる疾患です。
1895年にスイスの外科医フリッツ・ド・ケルバンがこの病気を発見したことで名づけられました。
「de Quervain」
病態
それではドケルバン病の病態から説明していきます。
親指を広げると、手首の親指側に二本の腱が浮き出てくるのが分かるかと思います。
これは、親指を伸ばす短母指伸筋腱と、親指を外に広げる長母指外転筋腱とよばれるものです。
その手前には骨の隆起があり、そこに腱鞘とよばれる筒状のものがあります。腱鞘の「鞘」は「さや」の意味です。
つまり、トンネル状の腱鞘の中をこの二本の腱が通っており、指を動かすと腱鞘の中を腱が行ったり来たりします。
通常、腱は腱鞘の中をスムーズに動いています。この時は、もちろん痛みを感じることはありません。
しかし、指を早く動かしたり、使いすぎることで、それだけ腱が腱鞘の中を頻繁に激しく動き、動かす回数が多ければ多いほど腱と腱鞘の摩擦回数も多くなり、炎症が起こってきます。
すると腱は腫れあがり、腱鞘の中での動きがスムーズでなくなってきます。
こうなると余計に腱と腱鞘の摩擦が強くなり、炎症が悪化して、ついには指を動かすたびに痛みを伴うということになります。
これが腱鞘炎です。
ドケルバン病は別名「狭窄性腱鞘炎」とも呼ばれます。
症状
初期症状は、
- 手首の怠さや違和感がある
- 親指や手首を動かした時に痛みがある
症状が進行してくると、
- 親指や手首を動かした時に激痛がはしる
- 手首の親指側が腫れて痛い
- 寝てる時も痛みが出る
- 痛くて日常生活も辛い
などの症状が出てきます。
原因
原因として多いのは、手や親指の使いすぎや女性ホルモンの影響です。
使いすぎ
最近ではパソコンやスマホ、ゲームの普及により手首や親指を非常に酷使する時代となりました。
中でも、最近増えつつある「スマホ腱鞘炎」という言葉をご存知でしょうか?
これは名前のとおり、スマホを頻繁に使用することが原因で、手首や親指の痛み、腫れなどの症状を引き起こしてしまうものです。
痛みを我慢してスマホをいじっている人もいます。
心当たりのある人はスマホの使用を控えることで痛みが落ち着くかもしれませんよ。
しかし、今の時代では仕事のツールとしても使われており、日常生活の必需品となっている現状があります。
そのため、手や指への負担を減らすのがむずかしくなってきています。
女性ホルモンの影響
その理由としては、出産や更年期でのホルモンバランスの変化が深く関係していると考えられています。
女性ホルモンには2種類のホルモンがあり、エストロゲン(卵胞ホルモン)とプロゲステロン(黄体ホルモン)があります。
プロゲステロン
妊娠、出産する時に、赤ちゃんが子宮から出やすいように骨盤が広がります。
そして出産が終わると、プロゲステロンが作用します。
これは、産後の緩んだ子宮や骨盤を妊娠前の状態に戻す働きがあります。
プロゲステロンは骨盤や骨を元の位置に戻すために、靭帯や腱鞘などをぎゅっと収縮させます。
ですが、ホルモンというのもは全身に作用するので、出産と関係のない部分の腱鞘も収縮して狭くなってしまい、腱鞘炎になりやすいといわれています。
このプロゲステロンの作用は、産後数ヵ月間続きます。
ちょうど育児で赤ちゃんを抱っこしたり、手をよく使う時期と重なるので、余計に負担がかかりやすくなってしまうのです。
エストロゲン
また、更年期を迎えた女性は、もう一つのエストロゲンというホルモンが減少します。
このエストロゲンには腱や腱鞘を柔らかくし、弾力性を保つ働きがあります。
そのエストロゲンが減少することで、腱や腱鞘の柔軟性がなくなり、結果として、腱鞘炎を引き起こしやすい状態になってしまうのです。
検査法
ではドケルバン病かどうか調べる徒手検査法をいくつか紹介します。
フィンケルシュタインテスト
親指を反対側の手で握り、小指側に曲げて引っ張ったときに手首に痛みが出るかどうかを確認します。
アイヒホッフテスト
こぶしの中に親指をいれて、グーの形のこぶしを作ります。
親指が上になる様に腕を前に伸ばします。そして親指を握りこみ手首を下に曲げます。
ドケルバン病なら、手首の親指側付近に痛みが生じます。
このテストの方がフィンケルシュタインテストよりも陽性率が高いです。
麻生テスト
手の甲を身体の方に、手のひらを前に向けて、手首を反らしたまま親指を横に伸ばし、大きく広げた時に、親指側の手首のあたりの、痛みがあるかどうかを調べます。
岩原・野末徴候
手のひらを下に向けて、手首を最大に曲げ、親指をおもいっきり広げたときに痛みが出るかを確認します。
この状態で上にひっくり返すと、頭を支えて赤ちゃんを抱っこした時と同じ形になりますよね。
なので、子育ての赤ちゃんを抱っこしている女性が、親指側の手首の痛みを訴えると、このドケルバン病の可能性があるということになります。
治療法
固定
ドケルバン病の治療法は色々ありますが、使いすぎが原因であるのなら、まずは手首への負担を減らすように心がけましょう。
痛みが強いときはまずは安静です。手を使わないようにできればそれでいいのですが、なかなかそうはいかない事が多いかと思います。
なので、ある程度の患部の安静を図るのに最適な方法は、手首の関節と親指の関節の固定です。
ではどのように固定すればいいのでしょうか?
固定にはいくつか種類があります。
手首や親指を完全に固定してしまうと、仕事や家事が出来なくなってしまうこともあるので、痛みの度合いによって固定の種類や強度を変えてみましょう。
シーネ
シーネは、その人の手首の形に合わせて板を作りその上から包帯を巻いて固定します。
一定の動きは完全に制限できますが、包帯を外せばシーネも外れるので取り外しが可能です。
サポーター
サポーターは自分一人で取り外しができるのでとても便利です。
テーピング
テーピングには様々な種類があり、伸縮性の弱いものや強いものから伸縮性のないもまであります。
テーピングの利点としては、テープの種類や貼り方、テンションのかけ具合によって固定力や制限したい動きを調整することが出来ます。
固定中も油断は禁物
ただし、固定を行った状態でも動かし過ぎると痛みはでます。
確かに固定をしていると楽ですが、楽だからと言って手首を使い続けると余計に悪化してしまいます。
なので、あくまで固定は患部を安静に保つ補助具として使用してください。
あとは自分で出来るだけ動かさないように気をつける事が大切です。
注射・内服薬
痛みがなかなか改善しない場合は、腱鞘内にステロイドといわれる注射を打つこともあります。
このステロイドには、炎症を抑える働きがあります。
注射を打つことで痛みがとれる場合もありますが、やはり手を使い続けて時間が経つと、痛みが再発することも多々あります。
その他、必要に応じて薬の処方も行われます。
ボルタレンやロキソニンなどの非ステロイド性抗炎症薬(NSAIDs)と呼ばれる薬です。
これはステロイドではないですが、炎症を抑える働きのあるものです。
ロキソニンは、一度は聞いたり服用したことのある人は多いのではないでしょうか。
手術
しかし、固定や注射をしても症状が改善されず、何度も再発を繰り返し、安静にしてても痛みがあるような場合は手術に至るケースもあります。
手術と言ってもそんな大掛かりな手術ではないので安心してください。
手術は皮下腱鞘切開術と直視下腱鞘切開術があり、何が違うかといいますと、皮膚を切るか切らないかです。
皮下腱鞘切開術
皮下腱鞘切開術の方は皮膚を切らないので傷が小さく、回復が早いです。
これは、原因になっている腱鞘を切開して、腱をスムーズに通るようにすることを目的として行います。
どのような手術かといいますと、手術は特殊な細いメスで行い、腱鞘だけを切開します。
メスは細いので、手術時の傷はほんの小さな穴だけです。なので、縫合する必要もありません。
手術後は、親指を動かして、腱がスムーズに動くことを確認して終了です。
手術時間も5分ぐらいで終わり、入院の必要もなく日帰りでできます。
術後は、2週間ほどで仕事には復帰できます。
直視下腱鞘切開術
皮下腱鞘切開術は皮膚を切らないので、傷が小さく感染のリスクが低くなるため、安全性が高く、早期に仕事や家事に復帰できます。
直視下腱鞘切開術は皮膚を2センチほど切って最後に縫合し、1週間後に抜糸をします。手術時間は20~30分です。
これと比べると、皮下腱鞘切開術の方が、入院や通院の必要性も少ないので患者さんにとっては経済的にもメリットが大きいと思われます。
術後の経過
ドケルバン病の手術の場合、
日帰りでできる手術なので、大げさに心配する必要はありませんが、代表的な後遺症としては反射性交感神経性萎縮症(はんしゃせいこうかんしんけいせいいしゅくしょう)という感覚神経の障害があります。
これは、感覚神経を傷つけてしまうことによって、傷は治っているのに痛みがひどくなったり、しびれが残ったりします。
ドケルバン病は再発することもある
後遺症も怖いですが、ドケルバン病は再発することが多いので手術で痛みがとれても生活習慣に気をつけましょう。
かばんを手に持つと手首に負担がかかるので、手に持たなくてすむように肩からかけるショルダーバッグや、背負うタイプのバックパックを使う方が良いです。
また、ゴルフのクラブやテニスのラケットなどの使用も手首への負担が大きくなります。
再発を繰り返してる人は、道具を握るスポーツは控えるか、ほどほどにしましょう。
手をよく使う仕事の人は、長時間続けるのは良くないので定期的に休みを入れるか、サポーターやテーピングなどの固定をしながら仕事をする、というように工夫して取り組んだ方がいいですね。
そして日常生活の見直し、特にスマホやパソコンの使用頻度の見直しは非常に大切です。
「スマホ腱鞘炎」という言葉があるくらいですから、そのあたりの見直しもしっかりと行ってた方が良いですね。